「今を生きる~丁寧で誠実な人生を~」

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プロフィール

出身地:秋田県井川町
担当業務(最終役職):主に学生課学生支援業務(参事兼学生課長)
在職期間:2004年開学時から2021年3月31日まで
秋田生まれ。高校まで秋田で生活し、大学から13年間東京で生活。
大学卒業後、様々な仕事や経験をしたのち、31歳の時に秋田に戻り現在に至る。
いつも笑顔で、丁寧に誠実に生きたいと思っている。

退職から現在

皆さん、お久しぶりです。
お元気でお過ごしでしょうか。KOBAKAZU(こばかず)です。
おかげさまで、私は元気にしております。

私は、2016年3月31日、開学時から12年間お世話になった、国際教養大学(AIU)に別れを告げ、定年退職しました。そして、その翌日2016年4月1日より5年間、再雇用職員として働き、2021年3月31日、AIUを完全退職しました。現在は、実家で、年金生活者として生活しています。

AIUの職に就くに至った経緯

私は大学時代から13年間東京で暮らしました。教職の勉強をする傍ら出版社や保険会社等で働き、後に英国系船会社で約7年間働きました。東京都の中学校教員試験に合格しましたが、結局私は教員になることは選択しませんでした。

次第に東京で働き生活をすることに疲れ疑問を感じ始めていた頃、私が31歳の時に、母が急逝し、私は東京から秋田に戻りました。1990年6月よりミネソタ州立大学秋田校(MSU-A)で13年間、そしてAIUで17年間、合計30年間大学事務職員として働き、そのうちの25年間は学生部又は学生課で、学生支援業務に携わりました。

天職だと思う学生支援の仕事に出会えたこと、多くの方々に支えていただいて業務を遂行できたことは、私の人生において、かけがえの無い、本当にラッキーなことだったと思っています。

第 1回AIU祭が終わった次の日が誕生日で、AIU祭実行委員の皆さんがプレゼントしてくれた花束と風船メッセージ

現在の様子、考えなど

退職後の私の希望は、故郷の実家に戻り、どの企業にも団体にも属さず、一切の肩書きのない無職の、素の小林和世として生きることでした。AIUで働いていた時には、自分の大半の時間を仕事に費やしていました。現役時代には、それは必要なことであったと思いますが、退職後の私は、まったく別の世界に自分を置き、自分を解き放ちたいと思っていました。今は、両親を見習い、日々の時間を丁寧に誠実に生きているつもりです。

今の私の生活について少し話しますと…。
私は、一日を一定のリズムで、ゆったりと心穏やかに過ごすよう心がけています。起床は5時20分頃。毎朝オンラインライブのヨガ30分レッスンを1~3本行った後、庭の手入れや家事全般をこなします。年々病院に行く回数も増えていますが、家族や友人とのおしゃべり、ヴァイオリンの練習、金継ぎ、フィギュアスケートやクラシックコンサートや歌舞伎鑑賞、読書、旅行など、好きなことを楽しんで過ごしています。

今年8月末に秋田県横手市近代美術館の庭で撮影したもの

AIUの思い出

AIUの思い出は沢山ありますが、やはり開学年は特別です。

何もかも1から作っていかなければいけませんでした。秋田県、秋田市、雄和、河辺など、地域の皆さんにも助けていただきました。学生に関することはとにかく学生課でしたので、やることは本当に多かったのです。それでも、一つ一つが試行錯誤ののちに形になっていくのを見ると、教職員と学生たちが一緒にAIUの歴史を作っている、歴史の中で生きているという充実感がありました。

開学当初のAIU祭の様子

2011年3月11日の東日本大震災のことは、決して忘れることはできません。

信じられない悲しいことが起こってしまいました。大学も大きく揺れました。
約3日間停電し、学生寮も断水。冬学期の授業は終了していましたが、かなりの学生がまだ学内の学生寮や学生宿舎に残って生活していました。余震も続いていて、不安でいっぱいになりながら、スタッフがまずは学生の安全を直に確かめ、学生のために水、食事を用意しました。不安になっている学生や留学生を学生寮のロビーやカフェテリアに集めて、地震への対処、今後の対応等説明しました。
2日目の夜には、教職員のボランティアと故中嶋前学長とで、学生に食事を提供しました。そのときに、学生宿舎ユニバーシティヴィレッジに住んでいる学生たちが、自ら進んで、自分の部屋にあった食材でカレーを作って他学生に配布してくれました。その後、全学生の安全確認、入学式、卒業式などの予定変更、留学生たちの早期帰国手伝いなど、本当に大変でした。

停電するカフェテリアにて故中嶋初代学長と教職員、学生ボランティアでカレーを振る舞う

2013年2月14日には、故中嶋前学長がご逝去され、学生を集めて悲報を伝え、大学葬の準備に入りました。これもとても悲しい大切な思い出です。前学長の大学葬には、沢山の卒業生も出席してくれました。

私は、卒業式、入学式の司会や、入学した学生のオリエンテーションなども担当しました。
常に学生のそばで、学生のとても大切な機会に携わらせていただいたなと思います。どの年も、どの日も、どの時間も、一期一会の大切な出来事であり、出会いでした。

今年10月8日には、久々に大学を訪ね、第20回AIU祭に参加する機会を得ました。
キャンパスで私を見かけた卒業生や教職員の方々が声をかけてくださって、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。目の前で頑張っている現役の学生を見ると、なぜか心が熱くなりました。

AIU祭では、AIU竿燈会の演技も見ることができました。開学からまもなく、AIUが地域に根付いた大学であるために、AIUを多くの方々に認識していただくために、急ピッチで秋田竿燈祭りへの参加について検討・準備を進め、翌年AIUは秋田竿燈祭りに参加することができました。その竿燈会の立ち上げには多くの方々のご支援、ご協力がありました。半纏・提灯のデザイン作成、演技習得の日々などが思い出され、留学生を交えたAIU竿燈会と秋田県立大学竿燈会が交流し、相互に素晴らしい演技で観客を魅了する姿に、また深く感動したところです。

2013年夏、竿燈まつりにて鈴木前学長と

AIU生・卒業生へのメッセージ

長い時間を生きて、いろんなことを経験して、私はやっと、自分が立っている今の場所が自分の場所であると、わかるようになりました。幸せは、まだ見ぬ先にあるのではなく、人から与えられるものでもなく、今のここが幸せだとわかるようになりました。だからこそ、今できること、今見ていることが、とても大切だと思います。

そして、その幸せの下には、自分の人生で築き上げてきた、レイヤー(地層)があることもわかりました。今年10月にAIUを訪ね大学祭に参加して、退職した私は、AIUが自分の居場所だったとつくづく思いました。人生は、日々いろんなことがあって、楽な時も苦しい時もありますが、その上にきちんと立って地固めをしていくと、今に繋がるのだなあと実感しています。

誰にとっても、生きることは決して楽ではありません。でもどうぞ、いつも自分を信じて、自信を持って、顔を上げて、前を向いて歩んでください。いつもあなたがあなたのままでいられますように、笑顔でいられますように、そして、お一人お一人が、素敵な人生を歩まれますように、心から願っています。

私は、基本秋田にいますが、時々旅行もします。どこかで偶然に私を見かけたら、ぜひ、KOBAKAZU(コバカズ)とお声がけいただけたら嬉しいです。では、またお会いできる日まで、どうぞお元気で。

以前の同窓会にて卒業生達との一枚
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コメント

コメント一覧 (1件)

  • こんにちは。ミネソタ州立大学秋田校の頃の小林和世様を知るひとりとして、とても感慨深い記事の内容でした。日々の生活を、丁寧に誠実に生きることは、つい忘れがちで、簡単そうで中々難しいことであり、でも大切なことであると、この記事から改めて気づかされました。特に、師走のこの時期は、気付いたら、一週間があっという間に過ぎているなんていうこともあり、数日前のことも曖昧になっていたり。そう考えると、日々の生活、出来事、出会いを丁寧に誠実に生きなくてはと痛感します。この記事の中で、最も印象深い写真は、大震災後に停電の中で撮られた写真です。楽しい記憶を留めておくための写真が多い中、あえてこの写真を選び、当時の緊迫した状況を載せたことに、何年たっても、東日本大震災のことを忘れてはいけないというメッセージを感じました。素晴らしい内容の記事をありがとうございました。活力を貰えました。こういった時に、ペンの力を実感します。インタビューに応えて下さった小林和世様、そしてこのインタビュー記事を企画と構成をしてくださった方達に、心からの感謝をします。

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