困難なチャレンジを成功に導くには周りの支えがあってからこそ~100キロマラソン完走から見えた私の人生観~

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プロフィール

学年:6期生 
出身:長野県下伊那郡阿南町富草
留学先:アメリカ オレゴン州立大学
卒業後から現在までの略歴:卒業後、食品メーカーに就職し、営業職に従事。
在学中に力を入れた活動 :ロックンロール。たまに自家製ラーメン作り。とにかく興味が湧いたもの、お声掛け頂いた活動には何でも手を出していました(クラブ活動や学祭パフォーマンスなど掛け持ちし過ぎて周りの皆さんにはご迷惑をお掛けした事も…)。

はじめに

皆さんはじめまして、久しぶり、そしてこんにちは。まさか自分がこの記事を書く事になるとは夢にも思っていませんでした。今回、私からは100キロにまつわる自分の過去の思い出話をしてみようかなと思います。

本題から言うと、私はこれまで2回100キロマラソンを完走した事があります。こんな話をすると「えー昔からバリバリの体育会系だったんでしょう?陸上やってたの?」等と思われるかもしれません。でも、そもそも私は運動が得意な人間ではありませんでした。そのあたりの若かりし頃のマインドの移り変わりも踏まえて記事を書いてみましたので、へーこんな人がAIUにいたんだ!と軽い心持ちで読んで頂ければ幸いです。

AIU一年目、秋田で100キロマラソンにチャレンジした頃

自身が抱えていたコンプレックス、そしてランニングとの出会い

前述した通り、私は決して運動が得意な人間ではありませんでした。小学生の時は少年野球、中学時代からサッカー部に所属し運動はそれなりにしていましたが、とにかく肉体に負荷がかかるような事が苦手でした。高校に入ってすぐに気管支喘息にかかり、肺炎になりかけて部活を辞めた事も運動嫌いに拍車をかけました。でも小中高時代なんて運動出来る生徒が持て囃される世界。運動の出来る周りの人たちを見ていて、傍目から見て悔しいな、羨ましいなといつも思っていました。でもこのままじゃ駄目だ、と思い高校2年生の頃から自主的にランニングを始めてみることを決意しました。ランニングを始めた最初の頃は全然息が続かず、10分程度走っただけで「あ~もう今日はやめようかな、こんなのやっていても本当に自分は変われるのかな?」とネガティブに思う日々でしたが、諦めずに継続した結果、高校3年生の時に参加した校内のマラソン大会では全校生徒が1,000名近くいた中で7位に入賞出来、とても嬉しかった事を覚えています。この頃から走る事が楽しくて毎日走っていないと気がすまない、といったマインドになっていました。

100キロマラソン挑戦に至った最大の動機

嘘偽り無く申し上げると、 モテたいと思ったからです。もっと丁寧に言い換えるとすれば、自分に自信が無く奥手な性格を変えてカッコいいと言える自分になりたい、と思ったとでも言っておきましょう。

私は2009年4月にAIUに6期生として入学しました。走ること自体は継続していましたが、いまいち自分に自信が無い点は変われていませんでした。(当時、私はいわゆる海外での生活経験が無く、英語がペラペラな訳でも無かったので周りの人たちが優秀で劣等感すら抱いていました…)
そんな時、5期生の先輩が「今度秋田県内で100キロマラソンがあるんだけど、一緒にチャレンジしてみない?」と声を掛けてくれたのが大きなきっかけでした。正直、フルマラソンなんて走った事も無かったのですが、自分を大きく変えるならこれしかない!そう思い切ってチャレンジを決意したことを覚えています。

一緒に100キロマラソンを乗り越えた思い出のランニングシューズ

100キロマラソンの過酷さとは

そもそも皆さん、100キロマラソンといえばどんな内容を思い浮かべますか?恐らく、過半数の方がテレビ番組で年に一度タレントさんが挑戦している一大イベント、といった印象があるのではないのでしょうか。あれは24時間程度かけて100キロを走る内容なのですが、実際私が参加したような大会では13~14時間の制限時間内に走り抜けないといけないのです。事前の入念な体作りと練習もそうですが、頭を使って時計を見ながらペース配分を計算していかないとタイムオーバーという状況もあり得る難しさがあります。


実際のレースでは、30~40キロ付近までは良いペースで走れるのですが、40キロ以降は体力も削られており、フルマラソン1回分+20キロ弱がまだまだゴールへの道のりとして残っているという事への精神的な負担も相まって過酷さは増していきます。道中に足の痙攣を起こして立ち止まってしまうような事があれば、その場で残り時間を逆算した際にゴールまで辿り着けないと悟り、レースを諦めざるを得ない状況もあるのです。数字的にも完走率は低く、肉体的にも精神的にも追い込まれる、それが100キロマラソンです。

絶対に歩かないという意地

私は、これまで2回100キロマラソンを経験していますが、どちらとも60キロを過ぎてきた段階で体の至る所で炎症が起こっており、全身もこわばり始めている為にスピードを少しでも早めたらすぐにでも痙攣してしまいそうになる状態でした。そんな時に容赦なく襲いかかる坂道。上り坂も下り坂もどちらも自分にとっては同等の脅威であり、一歩を踏み出す度に全身に激痛が走りました。しんどすぎて気持ちのコントロールが出来ずに60キロ以降は涙を流しながら、時には声を荒らげて走った記憶を強烈に覚えています。


それでも、自分の中で決めていた事があって、「どんなに辛くても決して歩かない!ゆっくりでもいいから走るフォームを必ず維持する!」でした。これは、実は高校2年生の時から一貫してランニングする際に自分に課していた決まりごとでした。歩いてしまったら、それはもう自分の弱さに負ける事と同義、かっこ悪い、そう思っていたからです。かっこいい自分になる為に、自分を好きになる為に私はどんなに辛くても、最後まで歩く事は決してしませんでした。

一度目の挑戦 完走後(よく見ると高校時代のボロボロな運動靴で走っていました笑)

100キロ完走したその先で得られた感情

100キロを走り抜いた後の感情はというと、率直に表すと「感謝」でした。レース後半、60キロ以降は本当ならすぐにでも「ギブアップ!」と言いたい位の極限状態が続きましたが、周りのランナーの方々や道中のスタッフ、応援者が声を掛けてくれた事で、自分はひとりじゃないんだと強い気持ちを持って走り抜く事が出来ました。例えば、社会人2年目の時に島根で2回目のチャレンジをした時のエピソード。その大会を10回以上走っているプラチナランナー、通称神様と呼ばれるランナーさんに70km地点でもがき苦しむ私に対して「君その若さと体格でここまで走ってきたのかー!すごいねー!大したもんだ!」なんていうお褒め?のお言葉を頂いた時には「そうだ、自分はこの大会最年少及び最もぽっちゃりだ!」と開き直った記憶があります。あの時頂いた言葉は物凄い自信になりました(笑)。また、1回目も2回目もですが何より一緒に走ってくれた、なおかつ支えてくれたAIUの仲間の存在が大きかったです。この人たちがいなかったら私は決して100キロを完走出来なかったでしょう。この場をお借りして、改めて感謝いたします。

余談ですが、人生で一番美味しかった食べ物は?と聞かれたら私は迷わず「100キロマラソンを完走した直後に飲んだコーラ」と言います。

二度目の挑戦 完走後の雄叫び

100キロマラソン完走を経ての自分の変化

この経験を通じて、自信がついて前向きに自分と向き合えるようになりました。こんな大きな事にチャレンジしたぞ、という事は自分の中では今でも精神的な支えになっており、仕事の中でも新しい物事やチャンスがあれば自分から積極的に手を挙げてチャレンジしていける勇気を与えてくれています。また、正直に言うと順風満帆な社会人及び私生活は送っておらず、波乱万丈な苦難がこれまでに幾度となくありましたが、「あの時のキツさを思い出せ!」と自分に言い聞かせ、周りに助けられながら何とか乗り越えてこれました。

あと、ここで書くような話じゃないかもしれませんが、2回目のチャレンジ成功をきっかけに、後に妻となる女性に勇気を出して告白出来た事も良い思い出です(笑)。敢えて繰り返し内容は書きませんが、ある意味元々の目的も達成出来たのです(笑)。そういう意味でも、一歩踏み出す勇気を与えてくれた100キロマラソンに感謝、です。

前述した通り100キロマラソンを経て「感謝の心」を自分の人生の軸に持てた事が一番大きな収穫だなと思っています。恐らく、チャレンジ精神旺盛な人たちが集まっているAIUに入っていなければきっかけを作ってくれた仲間にも出会えず、自分が100キロマラソンにチャレンジする事も無かったと思います。支えてくれた方々には感謝しかありません。この感謝の心を忘れずに、これからも地道に頑張りたいと思います。

ふくよかさを感じさせる近影

おわりに

取り留めの無い長い文章ながら、ここまで読んで頂きありがとうございます。AIUを卒業されて日々仕事や私生活での様々な事に奮闘されている仲間が全国津々浦々、世界各国にたくさんいるかと思います。私自身も社会人9年目を迎え、AIUとの関わりが年々薄くなっており寂しさを感じていました。多分、周りの皆さんにも同じ寂しさを感じている人はたくさんいるのではないのでしょうか。記事の執筆を通じて私自身の過去を振り返り、また皆さんと共有することが出来た事にこれまた「感謝」です。私の記事を読んでみてちょっとでもAIUの頃を思い出すきっかけ、刺激になれば光栄です。

最後に話は変わりまして、現在私は結婚して子どもも生まれ、だいぶライフスタイルも変わりました。職業柄「食」に強い興味を持って生きている事もあり、トレンド性のある食を追い求めて日々昼夜問わず街の中を駆け巡っています。結果、違う意味で100キロという大台を達成してしまったのはここだけの話。何が100キロというのかはお察し頂ければ幸いです。

以上、100キロという数字と非常に縁がある私のライフストーリーの紹介でした…!

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