秋田の豊かさに感謝して生きる

学年:6期生
出身地:神奈川県
留学先:モンゴル国立大学
卒業後から現在までの経歴
地元のベンチャー企業へ就職するも、在学中に出会った雄和在住おばあちゃんAの企てにまんまとハマり、農家の長男に“嫁ぐ”。おばあちゃんAの家族が一丸となって取り付けてきた合格とともに、地方公務員となる。現在はポジティブ心理学を学ぶ3児の母。雄和で四世代敷地内同居。

目次

私の日常

今年92歳になる義祖父さんが、「おはよ」と手を挙げる。車庫から車を出しながら、私も窓越しに「いってきます」と手を挙げる。まだ薄暗い中、ヤッケに頬被り(ほっかむり)の働き者に、毎朝感謝する瞬間です。家の前を滔々と流れる雄物川は、濃い青だったり緑だったり、雨上がりには茶色だったりするけども、それでも今日も美しい。

私が仕事に出た後は、隣の母屋からお義母さんが味噌汁の鍋を片手にやってきて、子どもたちに朝ご飯を食べさせてくれ、小学校のバス停への見送りや、保育所送迎をしてくれます。私は子どもたちが起きる前に出勤することも多いけど、罪悪感はなくなりました。夫の職場は自宅から軽トラで3分の地元ファーム。なにかあれば、一番に学校や保育所に駆けつけてくれる距離にいます。“農家の嫁”といえど、一般的に想像するのとはだいぶ違いませんか?

自宅前の雄物川

縁は異なもの味なもの

神奈川県で生まれ育った私が秋田にいるのは、まさに“ご縁”としかいいようがありません。

AIUのオープンキャンパスで初めて秋田に来た時、タクシーの運転手さんの秋田弁が懐かしかったのを覚えています。というのも、大正生まれの曾祖母は秋田出身。秋田弁は心地良い旋律でした。ひいばぁちゃん、私が秋田の農家に“嫁いだ”なんて知ったらびっくりするだろうなぁ。いや、本当は知っているんだろうなぁ、なんて気もします。

大学4年生の秋学期、足を怪我して入院しました。その病室にいたのは、おばあちゃんA(当時80歳)、おばあちゃんB(当時90歳)、おばあちゃんC(当時82歳)。3週間の入院生活を、3人の人生の大先輩たちと一緒に、朝ドラを見たり、のど自慢を見たりして楽しく過ごしました。上級秋田弁にリスニング力が追い付かなかったのが非常に残念でしたが、「腰は反るよか前さ曲がったほうかっこえぇな!」など、とても興味深い話をしていたのを覚えています。そして、おばあちゃんAからは毎日のように「あんた、結婚は出し惜しみするもんでねよ。にじゅに(22)だばちょうどええな。おえだってじゅはぢ(18)で嫁いできたもの~。だからな、うちの孫さ嫁にけぇ~!!!」と猛アタックされていました。(笑)

まさか、本当にそうなるとは、人生わからないものです。

なんとなく曾祖母に似ていると感じたこともあったかもしれません。自分のルーツでもある秋田の暮らしに、当時の私は興味津々でした。キャリアウーマンよりお母さんになりたいという想いが強かった私は、結婚には抵抗がなく、流れに任せていたら、気づくと“おばあちゃんA”は“義祖母”に…!仕事まで見つけてきてもらって…まさに怪我の功名です!

母屋で長男の100日祝い

ポジティブ心理学との出会い

自分で選んだ秋田生活。それでも、育休中は社会に取り残されている感覚があって、もがいていました。お母さんにはなれたものの、その先がとてつもなく長い自分との戦いでした。産休・育休・復帰を繰り返し、「どうせまた休むんでしょ」そんな悪い妄想が聞こえていたころ、仕事に何の楽しみも見いだせなくなっていました。

当時、自分で自分に言ってしまっていた言葉―「何の役にも立ってない。」

当時は、苦しくて、苦しくて、自分なんて何の価値もない、そんな風に思ってしまっていました。3人育児にどうにもこうにも自分一人では手が回らなくなり、イヤイヤ期と新生児の夜泣きでキャパオーバーになったときです。ポジティブ心理学に出会いました。

皆さん、AIUの新入生オリエンテーションで『新環境適応』の講義をしてくださった松村亜里先生を覚えていますか。亜里先生はニューヨークライフバランス研究所を立ち上げ、現在、ポジティブ心理学プラクティショナーとしてご活躍されています。先生の講義やオンラインサロンで少しずつ学んで早4年、猛吹雪だった私の心は、だいぶコントロールできるようになりました。

ポジティブ心理学は、幸せを科学的に研究し、ネガティブな感情も大切にする中庸の学問と言われています。いままで自分の感情にダメ出しをしまくっていた私にとっては、これは癒しでした。誰かと比べて悲観したり、誰も責めていないのに自分で自分を責めたり、「こうあるべき」に縛られていたり、そんな状態から、少しずつ自分の本当の気持ちとつながって、「本当はどうしたい?」と自分に聞けるようになりました。悲観していた状況は、実はたくさんの豊かさが隠れていました。「あれも足りない、これもできてない」という見方から「あれもある、これもある!」という見方に変わったら、いま居るところが素晴らしい場所で、いますでに「あるもの」で満たされていて、これからどんな可能性だってある!そう思えるようになりました。ポジティブ心理学コーチングの資格も取得し、家庭で、職場で役立てています。いまでは、夫にも義家族にも助けを求め、任せられるようになって、私がいなくても家の中が回るくらい、とても身軽になりました。

松村亜里先生と

秋田の豊かさをシェアしたい

3人のお母さんになったいま、私には新たな夢があります。それは、限界集落と言われているこの土地で、子連れでゆっくりできるようなゲストハウスを開くことです。超閉鎖的な村社会です。課題はたくさんあります。義祖母の話を聞いていると、各家々が家を守るために発達させてきた知恵を感じます。朝の草刈り、冬の除雪、村の神社の継承。協力するものはたくさんあります。目に見えない線引きもたくさんあります。義祖父母の世代がいなくなったら、この集落はどうなってしまうのだろうか。そんな不安を感じていましたが、ここでやりたいことが明確になってくると、新しい時代もきっと良い未来になる! そう思えるようになりました。

現在、同じ集落には私たち含め3家族、小さな子どもがいる世帯がいます。子ども達は、田んぼでカエルやドジョウを捕まえたり、春は蝶々、夏は蝉、秋はトンボを追いかけたりして遊んでいます。近所で集まって目の前の畑から野菜を採ってきてBBQや花火。(冬は外に出ずSwitchばかりやっていますが。笑)近所のジジババみんなで見守ってくれて、子どもを育てる上で最高の環境です。そして、そんな環境を秋田空港から10分の土地で提供できることが、我が家の強みだと思えるようになりました。

空き家になる未来しかなかった、しがらみだらけの田舎の家は、どんなに騒いでも誰にも迷惑をかけない、子どもにとっては最高の遊び場だった!「あるもの」に気づいて見方を変えると、視野が広がって未来まで変わる気がしてきます。いつか、母屋が空き家になるときが来たら、卒業生のみなさんが秋田に遊びに来たときに使ってもらえるような場所にできたら最高だなぁってワクワクしています。AIUも近いので、学生の下宿とか、留学生のホームステイも受け入れたい!

そのためにも、まず地域にしっかり根差して生きていきたいと思っています。

どんなに閉鎖的な土地であっても、どんな家であっても、外から“嫁”が来ることで少しずつ変わってきたはず。長い歴史の中で、私もその変化の一部になれたら―そんな風に思っています。そうは言っても、いまは、ただただ家族の協力と秋田の豊かさを受け取って感謝する日々です。秋田にお越しの際は、お声がけくださいね!

雄物川の川がにをさばく義祖母と村の子どもたち

最後に

AIU Colorsを読んでいて卒業生の活躍が眩しすぎるな、と思っていました。でも、肩書のある何者かになっていなくても、何か達成したわけでなくても、いま考えていること、これから達成したいこと、いまあるもの、いままでの自分、その過程、これから…書いてみると改めてそれらをマルっと受け入れるきっかけになります。みんな違ってみんないい、多様性のひとつとしての個々のストーリーだからこそ、こんな人生もあるんだ!と発見の連続です。ジャッジしない優しい世界。だから、AIU Colorsなのか! 運営のみなさん、この場を借りて感謝申し上げます。ありがとう! 次の方の「色」も楽しみにしています。

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